「木」を知り、森と暮らしをつないで130年。湘南の注文住宅なら株式会社キリガヤ

社長の不定期日記

社長の不定期日記

過去出張の報告 Ⅰ

今年の1月にバンクーバーに出張に行ったののご案内がすっかり遅れておりまして、改めて報告とします。
今回はチャネルオリジナル㈱というもうひとつの会社に長男が勤務しています。
長男もバンクーバー滞在が10年になり、この2月末に帰国しました。
帰国前にお世話になった仕入先にご挨拶に行くということで、1月17日に3泊5日の強行軍で行ってきました。
 
何度も行っているバンクーバーでしたが、
これからはもう仕事で飛び回るということがなくなるなあと感慨深いものがありました。
着陸前の冬のバンクーバーの市街地
20130418_01.JPG
20130418_02.JPG
遠くに見える雪を抱いた山は、市内からも30分くらいで行けるグラウスマウンテンというスキー場になります。
 
空港を出るとトーテムポールが迎えてくれます。
このトーテムポールの木材は、僕らが外壁材やデッキ材で大変にお世話になっているレッドシダーなのです。
20130418_03.JPG
加工しやすく、腐れに強いといわれる特徴のある木です。
 
今回の目的はお礼参りが仕事なので、すぐにその足で会社訪問です。
こちらは「インターフォー」という外壁・デッキ材の製材の会社です。
担当のゲーリックには会社設立当初から本当にお世話になりました。
20130418_04.JPG
 
日本初の防火木材の外壁を作るといって相談に行ったときは、本当なのかどうかといぶかったものかもしれません。
それがもう15年に渡り安定して素材を供給してくれています。
こちらの仕様は厳しい要求で、製材工場のラインに立って製品の選別をしたことも懐かしい思い出です。
 
夜にはチャネルという名前の由来の元の関係者で、キム マーシャルという人と一緒に食事しました。
20130418_05_1.JPG
20130418_05_2.JPG 
我々が防火ビジネスをスタートしようとした時に、
日本にツーバイ材を輸出する「チャネルインターナショナル」というの会社の社長で、その親会社は船会社でした。
その会社とパートナーを組むことになりその「チャネル」と、我々は防火外壁をやるので
「オリジナル」の仕事と合わせてのネーミングとなって現在の社名になったのです。
そのチャネルインターナショナルはスタートした平成10年の秋に何としたことか訳あって倒産をしてしまい、
今は幻の会社となってしまったのです。
しかしキムはその後も我々のビジネスにサポートしてくれていました。
息子も赴任したときは、親代わりになって面倒を見てもらったのでした。
 
次の日は国境を越えてアメリカに入り、防火の加工処理をしてもらっているパートナーのケミコ社に向かいました。
陸路国境を越えるに都度手続きがあり面倒なのですが、これも日本では味わえない貴重な体験です。
20130418_06.JPG
でもそこにいる国境警備の人は、何度行っても嫌な感じです。
 
国境から30分くらいのところにケミコ社はあります。
何にも回りはないような広大な敷地です。
もう17年前に初めて訪問した時を思い出しますね。
20130418_07.JPG
 
改めて敷地をぐるっと回ってみました。
20130418_08.JPG
今は工場の遊休地に引込み線が引かれ、近所の精製工場の石油を貨車に詰める設備もやっています。
 
ケミコの社長のフレッドと奥さんにもお目にかかり、お世話になったお礼を述べさせてもらいました。
20130418_09.JPG
この会社との関係から日本でこれだけ市街地に木製の外壁が広がることになるとは、本当に感慨深いものがありました。
乾燥工程で、うまく行かず不備が出たときなどは、急遽家山現社長と出張し、一枚一枚の検品をしながら、
改良についての方策を練ったものでした。
当初は2ヶ月に一度くらいの頻度で出かけていました。
今はもう安定した製造になったので、懐かしい思い出となりましたね。
 
帰り際に偶然に今は定年になったトムと出会いました。
20130418_10.jpg
彼には息子もとてもよくしてもらっていて、本当にお世話になった方でした。
 
息子の帰国にあたり、ここまでお世話になった方々に一言お礼を述べないと、自分でのけじめがつかないと思い出かけたのでした。
でも冬にバンクーバーに行くと、ウィスラーにスキーに来たのかと思われるので、
最初から今回はお礼に参ったのですと伝えていました。
どの方々にも、言葉では言い尽くせない感謝の気持ちで一杯です。
他にももっともっと多くの方にお世話にはなったのですが、とりあえず区切りとしました。
 
第Ⅱ報は次に書くことにします。
お楽しみに。

過去の日記

PAGE TO TOP